はじめに

奈良・興福寺の塔頭である多聞院の僧侶たちが、天文3年(1534年)から元和4年(1618年)まで約80年にわたって書き継いだ日記がある。『多聞院日記』である。この日記には、寺院の行事や政治情勢だけでなく、日々の食事が驚くほど具体的に記録されている。料理人の目で読むと、室町から安土桃山にかけての食の変遷が手に取るようにわかる。

精進料理の実態

僧侶の食事だから精進料理ばかりかといえば、実はそうでもない。日記には「鯛」「鮎」「鶴」といった動物性食材がたびたび登場する。当時の寺院では、接待の場や祝いの席で魚鳥が供されることは珍しくなかった。現代の精進料理の厳格さとはかなり異なる。一方で日常の食事は、味噌汁、漬物、豆腐、芋といった質素なものが中心であり、調味料としては味噌と塩が圧倒的に多い。醤油の記述はごく限られており、まだ普及途上だったことがうかがえる。

料理人が注目する「汁」の記録

興味深いのは汁物の種類の豊富さだ。味噌汁はもちろん、「すまし」「粕汁」「葛汁」など、汁の仕立て方に多くのバリエーションがある。現代の料理人として目を引くのは、昆布と鰹節の合わせだしがまだ一般的でなかった時代に、干し椎茸や干瓢の戻し汁を巧みに使い分けていた点だ。うま味の引き出し方は、素材こそ違えど原理は現代と変わらない。限られた材料で味を最大化する工夫は、時代を超えて料理の本質に通じている。

季節と食の結びつき

日記を通読すると、食事が季節の暦と深く結びついていることに気づく。正月の雑煮、節句の餅、盆の素麺など、行事食の記録が繰り返し現れる。また「初物」への関心が高く、初鮎や初茄子の到来が特筆されている。旬を重んじる日本料理の精神は、この時代にはすでに確立していたのだ。

おわりに

『多聞院日記』は、公家や武家の饗応料理とは異なる、日常の食のリアルを伝えてくれる稀有な史料だ。そこには、素材を活かし、季節を味わい、限られた条件のなかで最善を尽くす姿がある。厨房に立つ者として、時代が変わっても変わらない料理の営みに深い共感を覚える。