はじめに

七五三といえば千歳飴。紅白の長い飴を手に持つ晴れ着姿の子どもは、秋の風物詩である。しかし、なぜ「飴」なのか、なぜ「長い」のか。七五三の祝い食には、子どもの健やかな成長を願う切実な想いと、食の知恵が詰まっている。料理人として祝いの食に携わる機会も多いなか、この行事食の背景を掘り下げてみたい。

七五三の起源と食の関わり

七五三の原型は平安時代の宮中行事に遡る。三歳の「髪置き」、五歳の「袴着」、七歳の「帯解き」はそれぞれ子どもの成長の節目を祝う儀式であった。いずれの儀式でも食が重要な役割を果たし、赤飯や尾頭付きの鯛が膳に並んだ。乳幼児の死亡率が高かった時代、子どもが無事に育つことは最大の慶事であり、祝い食にはその感謝と祈りが込められていた。

千歳飴の誕生

千歳飴の起源には諸説あるが、元禄頃に浅草の飴売り七兵衛が紅白の長い飴を「千年飴」として売り出したのが始まりとされる。細く長い形状は「長寿」の象徴であり、紅白の色は祝いの意を表す。飴は当時、貴重な甘味であると同時に栄養価の高い食品でもあった。砂糖が高価だった時代に、水飴を主原料とする千歳飴は、子どもに甘いものを与えられる特別な機会だったのだ。

祝い食に込められた知恵

七五三の祝い膳には赤飯、鯛、海老、昆布巻きなどが並ぶ。これらはいずれも縁起物であると同時に、栄養価の高い食材でもある。子どもの成長に必要な蛋白質や鉄分を含む食材が、縁起という形で祝い膳に組み込まれている。料理人として見ると、行事食の食材選びには経験的な栄養学が反映されていると感じる。

おわりに

千歳飴の袋には鶴亀や松竹梅が描かれ、長寿と繁栄の願いが表現されている。子どもの成長を食で祝い、食で願う。七五三の食文化は、日本人が食に託してきた想いの深さを物語っている。祝いの席で子どもに食べさせる一口一口に、親の願いと日本の食の歴史が重なっているのだ。