はじめに

延長5年(927年)に完成した『延喜式』は、平安時代の律令制度における施行細則を集成した全50巻の法典である。その中の「大膳職」「内膳司」などの項目には、宮中で供された食事の食材、調理法、献立が詳細に記録されている。法律文書でありながら、当時の食文化を具体的に知ることができる第一級の史料だ。料理人としてこの記録を読むと、平安時代の宮中料理の精緻さに目を見張る。

宮中の食材リスト

延喜式の大膳職の条には、全国から宮中に届けられる食材が産地とともに列挙されている。若狭の鯛、志摩の鮑、近江の鮒、紀伊の橘など、各国の特産品が貢納されていた記録だ。料理人として注目するのは、この時代にすでに産地と品質が結びつけられていた点である。最高の食材を全国から集めるという発想は、現代の高級料理店が産地直送にこだわるのと同じ構造だ。また、保存食材として干物、塩漬け、醤(ひしお)などの加工品も多数記録されており、食品保存技術の発達もうかがえる。

調味料と調理法の記録

延喜式に記された調味料は、塩、酢、醤、未醤(味噌の前身)、甘葛煎(甘味料)などだ。砂糖はまだ一般的ではなく、甘味は甘葛や水飴で補っていた。調理法としては、焼く、煮る、蒸す、干す、漬けるが基本で、揚げる技法はまだ普及していなかった。料理人の立場から見ると、限られた調味料と調理法の中で宮中の料理人たちがいかに工夫を凝らしていたかが想像できる。素材の持ち味を引き出す方向に技術が発達したのは、調味料の選択肢が少なかったことが一因かもしれない。制約が創意を生むという原理は、料理の歴史において普遍的だ。

おわりに

延喜式は法典であるため、食への情感は一切記されていない。しかし、その無機質な食材リストと数量の記録からこそ、平安宮中の食文化の実態が浮かび上がる。全国の最良の食材を集め、専門の料理人が調理し、格式に従って供する。この体系は、日本料理が単なる家庭の営みではなく、国家的な文化事業でもあったことを示している。料理人としての矜持は、こうした長い歴史の上に築かれているのだと実感する。