はじめに

和銅5年(712年)に成立した『古事記』は、日本最古の歴史書である。その神話の中には、食物の起源を語る印象的な物語がある。特にオオゲツヒメ(大気都比売神)の神話は、食べ物がどのようにして人間の世界にもたらされたかを語る起源譚として名高い。料理人として、食の始まりを語る神話を読むことは、自分の仕事の根源に触れることでもある。

オオゲツヒメの神話

古事記によれば、スサノオ(須佐之男命)がオオゲツヒメに食事を求めたところ、彼女は鼻、口、尻から様々な食物を取り出して調理し、差し出した。これを穢れと感じたスサノオは彼女を斬り殺してしまう。すると、その遺体から稲、粟、小豆、麦、大豆が生じたという。この「死と再生」による食物誕生の物語は、東南アジアにも広く分布するハイヌヴェレ型神話と呼ばれる類型に属する。料理人の目で見ると、五穀の誕生が神の犠牲と結びつけられている点が重要だ。食べることは命をいただくことであるという認識が、日本文化の最も古い層に刻まれている。

神饌と料理の原点

古事記の食物神話は、神社で神に食事を供える「神饌(しんせん)」の文化とも深く結びついている。伊勢神宮では今も毎日、米、塩、水、海産物、野菜などを神に供える日別朝夕大御饌祭が行われている。これは古事記の時代から続く、食を通じた神と人との関係の表現だ。料理人として私が「いただきます」の意味を考えるとき、この神話に立ち返ることがある。調理とは、自然の恵みを人が食べられる形に変換する行為であり、それ自体が一種の儀式なのだ。

おわりに

古事記の食物起源譚は、単なる空想の物語ではない。食べ物は神聖なものであり、命の犠牲の上に成り立っているという、日本人の食に対する根源的な感覚を伝えている。現代の料理人が食材を無駄にしないよう心がけるのは、経済的な理由だけではない。食材への敬意は、千三百年前の神話にまで遡る、日本の食文化の精神的基盤なのだ。