『和漢三才図会』の食材:江戸の百科事典を読む
はじめに
正徳2年(1712年)頃に完成した『和漢三才図会』は、大坂の医師・寺島良安が中国の『三才図会』に倣って編纂した、日本初の本格的な図入り百科事典である。全105巻という膨大な規模の中で、食材に関する記述は数十巻に及ぶ。魚介、穀物、野菜、果実、調味料など、あらゆる食材が図解とともに解説されている。料理人の目で読むと、江戸中期の食材知識の水準の高さに驚嘆する。
図解が伝える食材の姿
本書の大きな特徴は、各食材に添えられた精密な挿絵だ。魚の項では体形、鰭の位置、鱗の模様まで描き分けられており、図だけで種の同定が可能なほどだ。料理人にとって魚の形態を知ることは、おろし方や切り付けに直結する。たとえば鯛と平目では体の構造が異なるため、包丁の入れ方も変わる。寺島良安の正確な図は、食材を「見て理解する」ことの重要性を示している。現代でも築地や豊洲の目利きは、まず魚の姿を見て品質を判断する。その基本は300年前と変わらない。
産地と品質への意識
『和漢三才図会』は食材の産地にも詳しく、各地の名産品とその品質の違いを記録している。昆布については蝦夷地(北海道)産を上等とし、海苔は浅草産が名高いとする。こうした産地による品質差の認識は、現代のブランド食材の概念と同じだ。私が仕入れで産地を重視するのは、同じ食材でも育った環境によって味が大きく異なるからだ。この事実を江戸時代の人々がすでに体系的に把握していたことは、日本の食文化の成熟度を物語っている。
おわりに
『和漢三才図会』は百科事典であるがゆえに、食だけでなく自然界全体の中で食材を位置づけている。この視座は、料理人にとって大切な示唆を含む。食材は自然の一部であり、その土地の風土や生態系と切り離せない。産地を知り、旬を知り、自然を知ることが、良い料理の第一歩なのだ。江戸の百科事典は、そのことを静かに、しかし確かに伝えている。